内臓手術的体感 ー 小田香『鉱 ARAGANE』

小田香監督による2015年作『鉱 ARAGANE』について。 『伯林』『カメラを持った男』のような都市映画の形式をもった映画だが、それら映画とは真逆に、機械の運動はリズミカルではなく痙攣的。人間は機械の一部のように同期して動くのではなく、機械に対して外…

死へと向かう西洋 ー マックス・オフュルス『忘れじの面影』

マックス・オフュルス(Max Ophuls)による1948年作『忘れじの面影(Letter from an Unknown Woman)』について。 シュテファン・ツヴァイクの同名小説を原作とした映画。原作において、手紙を読む男は R. という名前で小説家という設定だが、この映画ではピ…

蜃気楼としての過去、砂漠としての未来 / 大いなる存在の介入 ー ジャン・ルノワール『ランジュ氏の犯罪』

ジャン・ルノワール(Jean Renoir)による1936年作『ランジュ氏の犯罪(Le crime de Monsieur Lange)』について。 出版業界の大物バタラは詐欺のような方法で人々から金を巻き上げている。バタラはフリッツ・ラングにとってのドクトル・マブゼのような、悪…

精神性を抜かれたフロンティアスピリット ー ジャン・ルノワール『南部の人』

ジャン・ルノワール(Jean Renoir)による1945年作『南部の人(The Southerner)』について。 精神性を抜かれたフロンティアスピリット 「こいつら嫌いだわー!」って思いながら嫌々撮ってる感が映像から溢れ出してるように感じたけど、どうなんだろう。映画…

イメージと現実の狭間で ー ジャン・ルノワール『浜辺の女』

ジャン・ルノワール(Jean Renoir)による1946年作『浜辺の女(The Woman on the Beach)』について。 イメージと現実の狭間で 元海軍である主人公は魚雷で船を破壊される夢を見続けている。翻訳では省略されていたが、海沿いの町の警備隊員である主人公は自…

反復と不可逆な変化 ー アンドレ・テシネ『証人たち』

アンドレ・テシネ(André Téchiné)による2007年作『証人たち(The Witnesses)』について。即興的に撮られたような映像とは対照的に、物語構造や人物設定は非常に構築的なものとなっている。 反復と不可逆な変化 この映画は、春から夏、秋から冬、マニュの…

ジャック・ベッケル『偽れる装い』における装うことの持つ意味

ジャック・ベッケル(Jacques Becker)による1945年作『偽れる装い(Falbalas)』について。 装うことと映画監督 ファッションデザイナーであるフィリップは彼にとってのミューズを探し続けている。ミューズと見做した女性を見る時、フィリップは現実世界の…

『エドワールとキャロリーヌ』の姉妹作としてのジャック・ベッケル『エストラパード街』

ジャック・ベッケル(Jacques Becker)による1953年作『エストラパード街(Rue de l'Estrapade)』について。 『エドワールとキャロリーヌ』との比較 話の骨格や緩いリズム感含めて『エドワールとキャロリーヌ』とほとんど同じ映画。『エドワールとキャロリ…

リズムのズレと断絶 ー ジャック・ベッケル『エドワールとキャロリーヌ』

ジャック・ベッケル(Jacques Becker)による1951年作『エドワールとキャロリーヌ(Edward and Caroline)』について。 リズムのズレと断絶 上流階級出身のキャロリーヌと貧しいピアニストのエドワールは仲が良さそうに見えて、価値観が全く噛み合っていない…

迷宮、パリ、獅子座 ー エリック・ロメール『獅子座』

エリック・ロメール(Eric Rohmer)による1959年作『獅子座(The Sign of Leo)』について 迷宮、パリ、獅子座 音楽家志望で40歳を間近にした主人公は未だにモラトリアムにあり、自分から何かを解決しようとしない。それは主人公が占星術を信じその結果に従…

2020年、東京郊外のスナップショット ー 三宅唱『ケイコ 目を澄ませて』

ボクシングジムの会長の体調の悪化に対して医師は、変化が目に見えるようになればそれは既に手遅れであること、変化は落ちた雨粒が石に穴をあけていくように、少しずつ見えない形で進行していくことを伝える。 音が凄まじく作り込まれた映画となっている。音…

フィル・ティペット『マッドゴッド』を読み解く

難解なフィル・ティペット(Phil Tippett)による2022年作『マッドゴッド(MAD GOD)』の内容を読み解いていきます。ネタバレがあまり関係ない映画ではありますが、気になる方は見た後に読んでください。 繰り返されるバベルの塔 この映画の監督が実写映画に…

アトラクション性と光 ー オードレイ・ディヴァン『あのこと』

オードレイ・ディヴァン(Audrey Diwan)による2021年作『あのこと(Happening)』について。 シンプルな物語構造によってサスペンスを維持する、『ゼロ・グラビティ』のようなアトラクション映画であり、そのアトラクション性によって中絶が違法だった時代…

上演され続ける傷の記憶 ー アラン・レネ『メロ』

アラン・レネ(alain resnais)による1986年作『メロ(melo)』について。 夫婦であるピエールとロメーヌの元にマルセルが訪れる。マルセルは有名なヴァイオリン演奏家で、同じくヴァイオリン演奏家であるピエールとは若い頃からの親友である。マルセルは二…

性愛の原風景、規範の確立 ー ピエル・パオロ・パゾリーニ『アラビアン・ナイト』

生の三部作最終作として『デカメロン』『カンタベリー物語』に続く作品。これら前二作がイタリア、イギリスと舞台を変えつつも原作の書かれた時代、同じ14世紀を描いたものだったのに対して、この『アラビアン・ナイト』はその数世紀前が舞台となっている。…

苛烈化する支配、フィクションによる復讐 ー ピエル・パオロ・パゾリーニ『カンタベリー物語』

ジェフリー・チョーサー『カンタベリー物語』をベースとした映画で、『デカメロン』に続く生の三部作二作目。 イギリス、カンタベリー大聖堂へ向かう巡礼旅行、旅行を楽しむために参加者達が語った話を、そこに居合わせたパゾリーニ演じるジェフリー・チョー…

性愛の抑圧、フィクションによる解放 ー ピエル・パオロ・パゾリーニ『デカメロン』

ボッカチオ『デカメロン』を下敷きにした生の三部作一作目。 時代は原作と変わらず14世紀のまま、舞台はナポリに変更されている。ナポリは『愛の集会』で描かれたように、貧困層が多くを占めイタリア・カトリック社会によって搾取されてきた土地だ。『愛の集…

フレームの外へ向かう運動 / 内からの祈り ー 山崎樹一郎『やまぶき』

冒頭、黒い画面にやまぶきの花が咲くように描かれる。その絵に重なるように山が映されるが、その山は開発されやまぶきは枯れている。劇中語られる通り、やまぶきは田舎にしか咲いていないような日陰でしか育たない花であり、一面砂と石の広がる、日光を遮る…

アメリカ文化、工業化とイタリア社会『イタリア式奇想曲』

工業化が進み、イギリスを経由してアメリカ文化が若者を中心に受容された当時のイタリア社会についてのオムニバス。原題は「わがままなイタリア資質」みたいな意味になるんだろうか。パゾリーニの短編が非常に真っ直ぐに美しく、またトトの最後の出演作でも…

五月革命、そして愛の終わりについてのオムニバス『愛と怒り』

五月革命、そして愛の終わりについてのオムニバス。最後に置かれたマルコ・ベロッキオの作品が直接的に五月革命渦中についてであり、その前のゴダールの作品が五月革命もしくは愛の終わる瞬間について、ベルトリッチがより大きく愛のある世界の終わりについ…

ゴダール、パゾリーニ、ロッセリーニ、そしてオーソン・ウェルズと世界の終わり『ロゴパグ』

1963年作、世界の終わりについてのオムニバス映画『ロゴパグ(Ro.Go.Pa.G)』。物、機械として非人間化されていく人々という主題で共通し、扱われるテーマは精神分析、労働、核兵器、消費。ゴダールとグレゴッティの作品がシンプルで一つの問題意識に絞られ…

イタリア社会に関するオムニバス『華やかな魔女たち』において現代の魔女たちはどのように描かれたか

中編の間に短編を挟み込んだ5話構成のオムニバス映画。全ての作品でシルヴァーナ・マンガーノが魔女として現れるが、魔女をどう解釈するかは作品によって違っている。おそらく魔法=アメリカとして、現代生活に適応した新しい女性像が魔女として置かれている…

カトリック社会による規範、その抑圧 ー ピエール・パオロ・パゾリーニ『愛の集会』

ピエール・パオロ・パゾリーニ(Pier Paolo Pasolini)監督による1965年作『愛の集会(Love Meetings)』について。 この映画が公開された1965年時点、イタリアでは離婚が法的に認められておらず(制約の元認められるのが1970年)、1958年のメルリン法によって…

映画によって捉えられた虚構の死 ー ダニエル・シュミット『書かれた顔』

ダニエル・シュミット(Daniel Schmid)による1995年作『書かれた顔(The Written Face)』について。 坂東玉三郎が歌舞伎の舞台裏へと入っていく、その舞台で演じている人物もまた玉三郎である。ここから舞台を終えた玉三郎の白塗りが落とされるまで、この…

カルポ・ゴディナ『アイ・ミス・ソニア・へニー』監督達はどのようにソニア・へニーを撮ったか

カルポ・ゴディナ(Karpo Acimovic-Godina)監督による『アイ・ミス・ソニア・へニー(I miss Sonja Henie)』(1971年 ユーゴスラビア) について。 カルポ・ゴディナが何人かのディレクターに「I miss Sonja Henie」というフレーズを含んでいる短編を、全員共通…

まなざしについての物語『シー・ハルク:ザ・アトーニー』を読み解く / MCUはマルチバース・サーガで何を物語ろうとしているのか

MCU

※ 『シー・ハルク:ザ・アトーニー』『ロキ』のネタバレを含みます 舞台設定 視線の変容 ハッピーエンド / クライマックス カーン=KEVIN 関連記事 舞台設定 冒頭、初めての最終弁論を控えたジェニファー・ウォルターズ(ジェニファー)は「楽しい法廷ドラマ…

生き物としての都市 ー キロ・ルッソ『大いなる運動』

キロ・ルッソによる2021年作『大いなる運動』について。 あらすじ 標高3,600メートルに位置するボリビアの首都ラパス。1週間をかけてこの街にやって来た若い鉱山夫が謎の病に冒される。薬草や呪いで青年を癒そうとする医者たち。青年の悪夢は都市と混濁し、…

川端康成『雪国』を映画を軸に読み直す

冒頭、語り手である島村の見る暗いトンネルの先に開けた一面の雪景色の輝くような白さは、暗闇から映画が映し出され、スクリーンが白く光る様と重なる。そしてその列車で、島村は窓から見えるともし火と窓に反射した葉子を映画の二重露光のように重ねて見る。…

シャンタル・アケルマン『ブリュッセル 1080コメルス河畔通り23番地 ジャンヌ・ディエルマン』における生活空間の崩壊

ジャンヌ・ディエルマンは、夫と死別し、娼婦として働きながら息子を育てており、タイトルはジャンヌの住むアパートメントの住所を指したものである。一地点をピン留めするようなタイトルの通り、ジャンヌはそのアパートメントを中心とした生活圏、そしてそ…

ピエル・パオロ・パゾリーニ『アポロンの地獄』再経験されるオイディプス

ピエル・パオロ・パゾリーニ監督による1967年作『アポロンの地獄』について。オイディプスは巨大な闇に出会う。それは不信仰であるが故に見えていなかったものであり、その闇が大きすぎるがために、オイディプスは世界から自分を閉ざす。自分の目を潰すこと…