イタリア映画

性愛の原風景、規範の確立 ー ピエル・パオロ・パゾリーニ『アラビアン・ナイト』

生の三部作最終作として『デカメロン』『カンタベリー物語』に続く作品。これら前二作がイタリア、イギリスと舞台を変えつつも原作の書かれた時代、同じ14世紀を描いたものだったのに対して、この『アラビアン・ナイト』はその数世紀前が舞台となっている。…

苛烈化する支配、フィクションによる復讐 ー ピエル・パオロ・パゾリーニ『カンタベリー物語』

ジェフリー・チョーサー『カンタベリー物語』をベースとした映画で、『デカメロン』に続く生の三部作二作目。 イギリス、カンタベリー大聖堂へ向かう巡礼旅行、旅行を楽しむために参加者達が語った話を、そこに居合わせたパゾリーニ演じるジェフリー・チョー…

性愛の抑圧、フィクションによる解放 ー ピエル・パオロ・パゾリーニ『デカメロン』

ボッカチオ『デカメロン』を下敷きにした生の三部作一作目。 時代は原作と変わらず14世紀のまま、舞台はナポリに変更されている。ナポリは『愛の集会』で描かれたように、貧困層が多くを占めイタリア・カトリック社会によって搾取されてきた土地だ。『愛の集…

アメリカ文化、工業化とイタリア社会『イタリア式奇想曲』

工業化が進み、イギリスを経由してアメリカ文化が若者を中心に受容された当時のイタリア社会についてのオムニバス。原題は「わがままなイタリア資質」みたいな意味になるんだろうか。パゾリーニの短編が非常に真っ直ぐに美しく、またトトの最後の出演作でも…

五月革命、そして愛の終わりについてのオムニバス『愛と怒り』

五月革命、そして愛の終わりについてのオムニバス。最後に置かれたマルコ・ベロッキオの作品が直接的に五月革命渦中についてであり、その前のゴダールの作品が五月革命もしくは愛の終わる瞬間について、ベルトリッチがより大きく愛のある世界の終わりについ…

ゴダール、パゾリーニ、ロッセリーニ、そしてオーソン・ウェルズと世界の終わり『ロゴパグ』

1963年作、世界の終わりについてのオムニバス映画『ロゴパグ(Ro.Go.Pa.G)』。物、機械として非人間化されていく人々という主題で共通し、扱われるテーマは精神分析、労働、核兵器、消費。ゴダールとグレゴッティの作品がシンプルで一つの問題意識に絞られ…

イタリア社会に関するオムニバス『華やかな魔女たち』において現代の魔女たちはどのように描かれたか

中編の間に短編を挟み込んだ5話構成のオムニバス映画。全ての作品でシルヴァーナ・マンガーノが魔女として現れるが、魔女をどう解釈するかは作品によって違っている。おそらく魔法=アメリカとして、現代生活に適応した新しい女性像が魔女として置かれている…

カトリック社会による規範、その抑圧 ー ピエール・パオロ・パゾリーニ『愛の集会』

ピエール・パオロ・パゾリーニ(Pier Paolo Pasolini)監督による1965年作『愛の集会(Love Meetings)』について。 この映画が公開された1965年時点、イタリアでは離婚が法的に認められておらず(制約の元認められるのが1970年)、1958年のメルリン法によって…

ピエル・パオロ・パゾリーニ『アポロンの地獄』再経験されるオイディプス

ピエル・パオロ・パゾリーニ監督による1967年作『アポロンの地獄』について。オイディプスは巨大な闇に出会う。それは不信仰であるが故に見えていなかったものであり、その闇が大きすぎるがために、オイディプスは世界から自分を閉ざす。自分の目を潰すこと…

ピエル・パオロ・パゾリーニ『奇跡の丘』は何についての映画だったのか

ピエル・パオロ・パゾリーニ監督による1964年作『奇跡の丘』について。キリストの誕生から復活までをネオレアリズモ、ドキュメンタリー的な方法で撮った映画。セリフは聖マタイのゴスペルからそのまま取ってきているらしく、それが原題 「The Gospel Accordi…

ピエル・パオロ・パゾリーニ『マンマ・ローマ』捻じ曲げられない運命

ピエル・パオロ・パゾリーニ監督による1962年作『マンマ・ローマ』について。おそらく戦争孤児であり娼婦として生きていくしかなかったマンマ・ローマが、息子であるエットレを自分とは違う階級へ抜け出させようとする。そのために、娼婦の仲間と協力して息…

ピエル・パオロ・パゾリーニ『アッカトーネ』予め定められた役割

ピエル・パオロ・パゾリーニ監督による1961年作『アッカトーネ』について。タイトルにもなっているアッカトーネはピンプであり、愛人を売春婦にすることで働かずに収入を得ている。アッカトーネのような人々にとって、働くとすれば重労働しか選択肢がなく、…