モーリス・ピアラ 『ルル(Loulou)』 映画を通した内省シミュレーション


モーリス・ピアラによる1980年の映画『ルル(Loulou)』について。

内省シミュレーションとしての映画

嫉妬したら反射的に感情的になるような決定的な自己肯定感の低さを持ちつつも、それは過去の経験によって嫉妬がパーソナリティに深く刻まれたからで、本来は優しい人だったように見える男がいる。その男が実際そのパーソナリティをそのままなぞるように妻か彼女を寝取られる。

そして、映画はその後その寝取った男とその女の2人の話に移行する。その2人のベッドが壊れるシーンなどに現れる前半の地に足のついてないような浮き足立った感じ、その後の不安感とか嫌悪感から、足をひきずるように関係性が続いてくラストへの感情の移行が最高だった。

開いた口』『Graduate First』と、この監督の映画には嫉妬深いというかパートナーを取られることへの異常な恐怖のある人が絶対出てくる。そして、この映画ではパートナーが未知の存在のように描かれている。そのため、この映画が監督自身が実際に自分から離れていった人を理解するために作ったものであるように見えた。

この映画では寝取られた男が監督自身の投影のように見える。そして、自分から離れた女性と自分の次の男との関係性と比較することで、自分とその女性との関係性がどういうものだったかを検討する。

ただ、その次の男の仲間に自分と同じような行動をする人が出てきて、次の男はそれを見ることでその女との子供の中絶を決意する。つまり自身のような存在が中絶を決意するきっかけになっていたことに気づいてしまう。そして、変えられない性格、その性格によって再生産される関係性が抜け出せないもののように現れる。

感想 / レビュー

関係性が話の主軸になったことで、一気にユスターシュやフィリップガレルと同年代の監督なんだなって感じが出てきた。

ただ、それぞれ自己投影してるだろう人物のキャラクターの個性にかなりの差があって、それがそれぞれの映画のトーンとかリズムの違いにも繋がってるように見えて面白かった。『ママと娼婦』のカメラ置いただけみたいな画面はユスターシュの自己投影であるジャンピエールレオーの弾丸トークがないと映画として持たなさそうだし、そもそもユスターシュのその撮り方の厳格さってそういう自分の理論や主義持ってる人のそれだよなとか。

ショットの物語や感情的には繋がってるけど、時系列的にはめちゃくちゃ飛んでたりするっていう繋ぎ方とか、フィルム由来でもないような光がぼやけた独特のテクスチャーとかこの監督特有のところは引き続きあって好きだった。記憶を見てるような感じがする。

他作品との関連

モーリス・ピアラによる『Graduate First』について。牢獄としてのモラトリアムを描いた映画。

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モーリス・ピアラによる『開いた口』について。この映画では『Graduate First』でのモラトリアムが母が死んでいくまでの時間と対応しているように感じる。そして、牢獄のモチーフは動けない母、そしてその母含めた女性達の家庭での動けなさ、そしてその家庭環境が受け継がれ再生産されることと対応しているように思う。

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