ロベール・ブレッソン『やさしい女』閉じ込められていく過程

ロベール・ブレッソン監督による1969年作『やさしい女』について。主人公が絶望に至る過程を撮った映画である一方で、監督自身の方法論によってこの映画自体が劇中のマクベスと重ね合わされ、ある種の希望のようになっている。

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あらすじ

「彼女は16歳ぐらいに見えた」。質屋を営む中年男は妻との初めての出会いをそう回想する。安物のカメラやキリスト像を質に出す、若く美しいがひどく貧しい女と出会った男は、「あなたの望みは愛ではなく結婚だわ」と指摘する彼女を説き伏せ結婚する。質素ながらも順調そうに見えた結婚生活だったが、妻のまなざしの変化に気づいたとき、夫の胸に嫉妬と不安がよぎる……。

http://mermaidfilms.co.jp/yasashii2021/

抜け出せなさへの絶望

親類の家でこき使われてきた主人公が、結婚によってそこから抜け出した後、絶望に至る過程を撮ったような映画。

男は質屋であり、その職業通り結婚という形式、優劣、美しさなど、価値を測るように物事を何かに基準に沿ってしか見れない。一方で、妻である主人公は形式に沿うことや縛られることを拒絶している。男によって回想される主人公の生活は、男にとっては嫉妬しかない生活から典型的な夫婦になる過程のように見える。しかし、それは思い通りにならない妻を完全に支配し、思い通りに操れるようになっていく過程である。

主人公はこき使われてきた親戚の家から抜け出すも、夫との生活を通してその抜け出した外の世界も同じように自分を支配しようとすることに気づき、失望していく。そして、完全に失望し切った後は自分一人だけの世界へと遊離していく。最後は、親戚の家の外の世界でも官能含めた欲望や自分の意思、自分自身を殺して従順に生きるしかないことを確認する。

十字架は信仰の対象ではなく、質屋で取引されるただの物として現れる。それにより、その社会では信仰が不可能であるように映る。そのため、主人公は信仰に救いを求めることすらできない。それが、十字架への主人公の視線によって表される。

その行き場のなさ、構造からの抜け出せなさへの絶望から、主人公は自殺に至る。それを映したショットは『少女ムシェット』がそうであったように、その自殺によって羽ばたいていくような、解放されたような感覚を残す。しかし、『少女ムシェット』とは違い、死体が何度も映され、その死体は質量を持った棺によって閉じ込められる。さらに、その蓋にネジが閉められて終わる。それによって、一度解放されたように見えるが、死んでもなお主人公は囚われたまま抜け出せないような感覚を残して終わる。

その構造の中からの抜け出せなさが、生き物として定められたものとして生物学、運命や血筋によって定められたものとしてマクベスに象徴される。一方で、この映画のマクベスがそうであるように、それを目撃した人が語り継いでいくことにだけ希望がもたされている。そして、その主人公の物語を語り継いでいくのは、この映画でありそれを見た観客である。

救い / 抵抗としてのシネマトグラフ

シネマトグラフ覚書』を読むと、ブレッソンは人間の内部、無意識下にあるものを含めて"人間の自然"として撮ることを目指していたことがわかる。それはそれぞれに異なる人間を理性による解釈のフィルターを伴わず、その唯一無二のもの、真実としてそのまま映画で捉えることである。

そして、それによって観客はその映画の中の人物を、カテゴライズや解釈がされていない状態、その人自体として発見する。その人をどう捉えるかは観客の解釈に任される。つまり、観客に想像させることができる。

『やさしい女』は男が既存の基準に則って主人公を評価し、既存の枠組みへと主人公を押し込めていく映画である。そして、マクベスによってその主人公の抜け出せなさが語り継がれていくことのみに希望が持たされている。監督が自身の方法を持って主人公を生のまま映すことは、その男の解釈を通さない状態で主人公を観客に見せ、観客が自身の解釈によって主人公を理解し、考えることを可能にする。それが、主人公を抑圧する、抜け出せない社会に対する唯一の希望となっている。

ブレッソンはずっと同じようなもの、近代化していく、もしくは近代化し切った社会に対して絶望していく過程、その社会によって殺されていく過程を撮り続けているように感じる。それは同時に社会から信仰が失われていく過程でもある。そして、それを自身が突き詰めてきた方法によって真実として捉えることが、この監督の映画の主人公達への希望であり、社会に対する監督自身の抵抗なんだと感じる。

作品詳細

  • 監督 : ロベール・ブレッソン / Robert Bresson
  • タイトル : やさしい女 / A Gentle Woman (Une femme douce)
  • 製作 : 1969年 フランス
  • 上映時間 : 89分

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