クシシュトフ・キェシロフスキ『殺人に関する短いフィルム』運命であると選択すること

クシシュトフ・キェシロフスキ監督による1988年作『殺人に関する短いフィルム』について。


上層と下層 / 下層における殺人

意図的に他者に対して嫌がらせをしているタクシードライバーがおり、より加害欲求を拗らせた存在として主人公がいる。それに対して社会の上層に属する存在として弁護士とその周囲の人々がいる。法律を含めた社会制度はその上層に属しており、上層の人々からはその外部は見えていない。

冒頭で水際で死んでるネズミと首を吊られて殺されてるネコが映るが、ネズミはタクシードライバーに、ネコは主人公と対応しているように見える。さらに、あたかも映画内で起きたことがドブの中で起こったかのように、映画を通して暗く緑色にくすんだ映像となっている。そして、冒頭ではそのネズミとネコが雑巾よりも下の位置におかれている。

つまり、社会の下層に属するネコ / 主人公が同じく下層に属するネズミ / タクシードライバーを殺す話となっている。そして、そのネコ / 主人公は社会の上層が司っている制度によって首を吊られて殺される。上層の世界で生きてきた弁護士は主人公との経験を通して、自身から、そして法や制度からも外部にある社会の存在を発見する。

 

運命であると選択すること

若い頃の事件がなければ主人公は殺人を行なっていなかったかもしれない。雑巾が落ちてきていなかったらタクシードライバーは鬱憤ばらししてなかったかもしれないし、嫌がらせをしてなかったら殺されていなかったかもしれないという運命とも選択の結果ともつかない微妙なラインの因果が貼られている。

弁護士は自身の因果を運命と捉えるようになる。それは主人公を同じく運命に絡め取られた存在として見ることを意味する。運命という見方を通して、弁護士にとって外部の世界にいた主人公と結びつく。それによって、弁護士は自分からは見えていなかった、そして法からも外部となっていた社会の下層を見れるようになる。そして、この映画のカメラは弁護士と同じ視点にあり、弁護士と同じように主人公の行動以外の部分をも映すことができるようになる。

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