クシシュトフ・キェシロフスキ『終わりなし』理想への逃避

クシシュトフ・キェシロフスキ監督による1984年作『終わりなし』について。

作品の背景

参照:物語ポーランドの歴史 東欧の「大国」の苦難と再生 (中公新書)

当時のポーランドは共産主義体制下にあり、それに対して結成された組織が「連帯」であり、労働者を中心に民主化運動を行なっていた。その活動を体制側が刑罰や軍事力で強制的に封じたのが「戒厳令」となっている。同時に経済危機が起こり、それに伴って配給の食料や物資が不足していた。それがこの作品の直接的な背景となっている。

また、それ以前の出来事として、ポーランドは戦時中にはナチスドイツによる占領下にあった。そして、この作品以降としては、1989年にインフレを背景としつつポーランド初の自由選挙が行われ、結果「連帯」が勝利し、民主化・資本主義化に繋がっていく。しかし、それによって貧富の差などの問題が生まれていく。

理想への逃避

体制によって理想や期待が一度完全に殺されてしまったことで、体制側の仕組みに従いながら生きていかないといけなくなった人々についての映画であり、映画中に将来への希望のなさ、生きながら死んでるような感覚が充満している。

その中で、主人公は霊能力者を介して亡くなった弁護士の夫と再会する。夫の死をまだ受け入れられていない主人公の話であると同時に、夫はこの殺されてしまった民主化への期待・理想を象徴するような存在にもなっている。そして、夫が残したものがその中で唯一残った希望のように映る。しかし、それは他の弁護士によって体制側に取り込まれていく。

主人公は夫に対して、生前は染まりきれず距離を置いていたが、死後に愛していたことに気づく。夫=理想として、主人公は理想を求めれば理想的な社会になると盲信してる人達へ距離感を抱いているが、理想が失われてしまってからそれを望んでいたことに気づく。それは『偶然』の主人公の持っていた理想への距離感と同じであり、監督自身の心境を反映したもののように感じられる。

主人公は夫の死・現実を受け入れるのではなく、幻想となってしまった理想へと遊離していき、ガスによって自殺する。そして、カメラはガス管のある暗闇を経由し夫と再会した主人公を映す。そして、その二人が先に向かっていく姿が反射を経由して映される。「生きていくことを選ぶなら耐えることも覚えろ」というセリフが体制へと順応させるもののように響く。その中で主人公は現実を生きるのではなく、夫、そしてありえた理想と共に生きる / 死ぬことを選ぶ。この現実とあの世が切り替わっていく夫との再会のシークエンスが非常に幻想的で美しい。そして、墓の前での人々の集会によって、未来への無言の祈りのような感覚を残して終わる。