ホン・サンス『あなたの顔の前に』信仰の変化

ホン・サンス監督による2020年作『あなたの顔の前に』について。

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信仰の変化

主人公は17歳のとき、自殺しようとする直前に目の前に広がる世界が全て美しいものに見えるという宗教的な経験をしたことから、自分の目の前にあるものしか見ない、過去や既に起きたことには目を向けないように自身を律して生きることを決めている。そして、そう生きれるように神に祈り、背いてしまった時には以降そうならないように祈る。ただ、主人公の意識は常に過去への感傷など目の前以外のものへと向いていく。

アメリカから帰ってきた主人公は妹と再会する。妹は夢の世界や過去への後悔や感傷と共に生きる人として主人公と対比的におかれている。妹との会話は買えるかもわからないマンション、互いについて知らないままここまできてしまったことなど、目の前のものではないことについてとなっている。

映画を通して主人公は目の前のものとそれ以外の間を揺らぎ続ける。トッポギをこぼしてしまった後、一度服を着替えに帰ろうとするがそれを起きてしまったこととして諦め、帰ることをやめる。妹との再会を通じて過去への感傷から幼い頃に住んでいた家を訪れるが、その後それを反省する。

目の前以外のものを忌避する主人公を象徴するのが主人公の高所恐怖症となっている。過去や未来を見ることが景色を俯瞰的に見ることと重ね合わされる。

カメラは目の前にあるものしか見ないように自分を律していた主人公と一致するように、主人公とその周囲だけに焦点を合わせるような最小限のものとなっている。まず登場人物のいる場所を最小限映し、そのまま人物の立ち位置に合わせて構図ができるように調整される、そして人物が動かない限りカメラを動かさない。そして、トッポギの汚れが全く映らない、主人公と妹の話に出てくる2人にみえているマンションがどれかわからない、主人公の部屋の窓からの景色が遠くからズームによってしか映されない、さらにその景色が網戸によって立体感を把握できないようになっているなど、主人公が見てはいけないと思っているものは映されない。

主人公にとっての目の前のものとしてあるのは長い間遠ざかっていた俳優としての仕事で、映画監督との遅めのランチがそのための予定となっている。妹と会う前は監督の下心に気づいていたからか消極的だったが、過去への感傷に浸ってしまったことを反省した主人公はその予定を選ぶようになる。そこで、映画を撮ることが現実的になるが、監督は主人公と寝ることだけが目的だったことが翌日にわかる。目の前に見えた美しさが裏切られる。それによって、主人公は妹、そしてその見ている夢へと意識を向ける。目の前以外のものも見るようになって終わる。朝からその翌日の朝までという一周する時間の中で主人公の価値観が転換する。

ラストの大笑い

また、目の前のものしか見ないようにしたのは自身の死を前にしたからだと主人公によって語られるが、このエピソードは監督の下心を見抜いていた主人公の作り話で、だからこそ監督の目的がわかった後大笑いしたようにも見える。それによって、映画を通してわかったように思えた主人公の内面が一気にわからないものとして現れる。監督に過去の俳優としての演技を肯定された時の涙は、振り返らないようにしていた過去を肯定されたことによるものなのか、監督の狙いがわかったからなのかもわからない。

最後の大笑いはそれまでの流れでいくとかなり苦しいシーンであると同時に、主人公を一気にわからないものへと変える、それまでの理解や感傷を無効化するシーンにもなっている。

https://ttcg.jp/human_yurakucho/movie/0857300.html