アピチャッポン・ウィーラセタクン『MEMORIA メモリア』 太古からの記憶の受信


『MEMORIA メモリア』はアピチャッポン・ウィーラセタクン(正式な日本語表記は アピチャートポン・ウィーラセータクン らしい)監督の2021年の映画である。

太古からの記憶の受信

人類の起源を含めた数千年以上前からの記憶を吸収し保存してきた自然があり、それがトンネルによって掘り出される。その記憶を音として受信できるものとして主人公がいる。その発見、受信された記憶を復元するものとして音を再現する1人目の男や人の化石の考古学者がいる。

その記憶は花に感染していく菌として、妄想の深淵へと誘うものでもある。主人公の友人はそのトンネルを経由して記憶を受け取ってしまうことによって眠り病のような病気になり、自分の記憶が曖昧なまま眠り続ける。そしてその受信を止めるもの、記憶を無にするものとして菌を遮断する花の冷蔵庫や、精神薬など科学的な人類の発明がある。

主人公がその記憶、音の発信元を辿った先に、その記憶を吸収し保存する者として自然と共に生きる2人目の男と出会い、記憶の全貌を受信する。それによって主人公と2人目の男はその記憶として吸収され、宇宙に存在するカップル、頭蓋に穴の空いた太古の人類2人と同化する。それがその自然から飛び立つUFOによって比喩的に示される。

映画用のサウンドトラックが明示的に出てくるように、主人公が受信しているだろう音、自然に保存された記憶が映像につけられたサウンドトラックと同じものとして置かれている。そして、映画内では映像内で鳴っている音と主人公の受信した音=映像に後付けでつけられた音が区別されず存在する。主人公が椅子を動かす音などが現実から浮遊したように鳴る。それによって主人公の体感するものを映画を見てる人も体感することになる。そして映画の大部分を主人公と共に彷徨った後にクライマックスの受信がある。

過去作品と併せて

非現実含めた複数の時間や場所にある世界が同時に存在し得る、そしてその神秘に対して無機質的な現在が存在するというようなテーマはこの監督の過去作からずっと共通するように思う。『世紀の光』で二つの世界を繋ぐ一方で無化していくような穴としてダクトが出てきたが、ここではそれがトンネル、そしてUFOの吐き出す丸い煙になっている。

また、『メモリア』は主人公がアンテナとして太古からの記憶を受信する話であり、この監督の一作目である『真昼の不思議な物体』はラジオを受信するシーンから始まる。

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感想 / レビュー / その他

『光の墓』の男女が同じ場所でそれぞれの記憶を見ながら散歩する瞬間など、個人的にはその世界が同時に存在するようになる瞬間、繋がる瞬間が映画的な飛躍として立ち現れてくるところがこの監督の映画の非常に好きなところで、今回も記憶が受信される瞬間が本当に良かった。

アピチャッポン版『緑の光線』みたいな感覚があった。ただ、この監督の役者と映画が一体化したような親密さや切実さみたいなもの、いい意味での特有のアクみたいなものがタイから出たことで失われてしまったような感じもあって、もしこの映画をタイで作れていたらもっと好きな映画になってたんだろうなとも思う。コロンビアにタイと同じような蒸し暑い神秘性を捉えようとしていて、だからこそ何か噛み合ってないような感じがあったというか。そのバランスをとるために主人公を観客側において西洋的な主観を持たせるとか、舞台のコロンビアにもある種西洋的なモチーフを入れてるようには思ったけど。

https://www.imdb.com/title/tt8399288/