エリック・ロメール(Eric Rohmer)による1959年作『獅子座(The Sign of Leo)』について
迷宮、パリ、獅子座
音楽家志望で40歳を間近にした主人公は未だにモラトリアムにあり、自分から何かを解決しようとしない。それは主人公が占星術を信じその結果に従っているからで、出来ることは友人に頼ることだけであり、だからこそその人生の行き先は運、そして友人の行動によってのみ決まる。主人公は40歳になって初めて幸運か不運かがわかると占われている。
パリで生まれ育った主人公はパリを嫌っており、金が入れば田舎に住むことを決めている。パリを嫌うのは主人公の星座である獅子座が見えないからで、占星術を信じる主人公にとってそれはその先に待ち受けているものが見えないことを意味する。主人公にとってパリは幸運不運どちらをもたらすかがわからない存在となっている。対して、田舎は獅子座が見える、つまり幸運か不運かが明確な場所であり、遺産は田舎にある。
莫大な遺産を相続することを知った主人公は、自身の幸運を確信し、星を撃とうとするが、星は撃てないため、代わりにパリの建物を撃つ。あたかもパリを撃ったことが原因かのように、パリが主人公に不運をもたらす場所へと変貌する。遺産相続の話は立ち消えになり、事前に決まっていたアパートからの立ち退きによって住む場所を失う。友人達に頼ろうとしても、ちょうどそのタイミングで海外に仕事に出ていたり、ヴァカンスに出ていたりでいない。ヴァカンスの時期であるために仕事を得ることもできない。そして一文なしになり泊まる場所もなくなる。ひたすら不運に見舞われながらパリの街をただただ彷徨い続けることになる。
ヴァカンスに行けずパリに取り残された人の映画であり、それらヴァカンスの間もパリで過ごす人々はさらに、家族や恋人のいる人々とホームレスに二分されている。前者にとって後者は視界に入っていないか見せ物となっている。主人公はパリを彷徨い続ける中で、徐々に身なりや行動含めて、前者から後者へと変容していく。そして前者の人々を拒絶し、パリ自体をも拒絶するようになる。しかし、主人公はパリを憎んでもそこから出ることができない。ズームアウトによって俯瞰するショットによってパリが巨大な迷宮のように映される。そして、主人公は遂に物乞いするようになる。それによって他のホームレスの男によって助けられる。
そして不運続きの一ヶ月半の放浪後、40歳になった主人公は遺産を相続すること、つまり幸運であることが明らかになる。それを知った瞬間、主人公は拒絶していたパリの人々と同化するようになり、それら人々と同じようにホームレスを視界から消す。そして、囚われていたパリの街の外へと車によって飛び出していく。ゆっくりと丁寧に描かれたその転落に対して非常にあっさりと主人公は冒頭そのままの姿に戻る。主人公は全く変化、成長せずに終わる。最初から最後まで獅子座に決められた運命に従順なままとなっている。
ラスト、おそらく主人公の移り住んだ田舎からのものだろう満点の星空から、ズームインによって獅子座の星へと視点が上昇する。それは、ズームアウトによって上昇しパリの街を迷路のように映したショットと対になっている。それは星が見えず運命が不明である都会と、運命が明確である田舎、つまり行く末がわからない映画中盤の主人公と、結末が明らかになったラストの主人公の対比となっている。それは同時に、パリと獅子座が共に主人公を捕らえるものであることも意味する。主人公はパリの街からは逃げることができたが、それより獅子座として定められた運命から逃れることはできない。