『アントマン&ワスプ:クアントマニア』社会主義 / 革命 / 大衆と独裁者


『アントマン&ワスプ:クアントマニア』のネタバレがあります。

見た方のみお読みください。

社会主義 / 革命 / 大衆と独裁者

「小さき者」つまりモブ、大衆であるアントマン達が、独裁者であるカーンに対して革命を起こすという話になっている。

トニー・スタークがアメリカの中でも資本主義と科学を象徴する存在だとすれば、その親、ハワード・スタークの冷戦時代のライバルだったハンク・ピムは東側、つまり社会主義国家における科学者を象徴する存在ということになる。だから、ハンク・ピムは当時認められず、親権力的なスターク親子とは対比的に、アメリカにおいて反権力的な存在となっているんだろう。

そして、この映画において彼は量子世界で高度に発展した蟻の社会を知り「進んだ社会主義国家のような」社会を形成しているという。ワカンダが、もしもアフリカに独立を保ち発展した国家があったらという if を描いた国であり、ニュー・アスガルドがバイキングが国家として存続していればを描いた国だとすれば、量子世界での蟻社会は、ソ連が今も別の場所で存続していればという社会であり、中国を重ねることも可能なように思う。ハンク・ピムはそのトップのような存在となる。そして、アントマン達の革命は、その社会主義国家のサポートによって成功する。

社会主義国家の後ろ盾によって革命を起こした現実の国々のその後と照らし合わせて考えれば、この映画において革命が非常に無邪気に描かれているように感じる。それは独裁者の残虐性によって正当化されるが、革命の成功=ハッピーエンドとはならない。そもそも、この映画におけるカーンは、他のカーン達の王朝を転覆させ時間の終わりを防ごうとする、アントマン達と同じ革命者でもある。しかし、彼の革命は防がれる必要があった。その先にどのような社会が築かれるかが重要になる。それを考える必要があるからこそ、この映画は3世代に渡るアントマンを中心とした物語となっているんだろうと感じる。

1世代目のアントマンであるハンク、2世代目であるスコット、二人は「小さき者」でありつつも、家族を救うことが行動原理の中心となっている。実際、この映画においてスコットはキャシーを救うためにカーンと契約を結び、量子世界の人々を見過ごそうとする。それに対して、3世代目のアントマンであるキャシーはスコットやハンクを引き継ぎながらも、全ての「小さき者」を救おうとする点で異なる。ここでの小さき者は、大衆だけでなく、未来の世代を含む透明化されている人々など、自分から見えない他者をも指す。そして、その理想を実現する社会が、革命の後に目指されるべき社会として置かれているのかもしれない。

この映画の主軸には「小さき者が成長する」というモチーフが軸となっている。その成長は、巨大化によって象徴される。この映画においてスコットは家族以外の他者を救おうと決意した時に巨大化する。それがこの映画におけるスコットの成長となる。それに対して、キャシーはあらゆる他者を救おうとするが、映画開始時点ではそれを実現する力をまだ持っていない。そして、スーツの使い方をマスターしたことによって、キャシーは遂に巨大化する。それがキャシーの成長であり、彼女がアントマンになったことを象徴する。

アントマン達は「小さき者」を救おうとしたことによって彼らの協力を得る。そして、既に小さき者の社会を実現していた蟻達の支援の元、カーンを倒す。独裁者であるカーンを倒すのは、彼らの大衆としての量であり、家族間の協力による。その量、協力が実現されたのは、彼らが互いに救い合おうとしたからとなっている。この1対多数、1対多様の構図はサノスとアベンジャーズと共通する。この映画はエンドゲームの反復でもある。しかし、ポストクレジットシーンでは、大量のカーンが王朝を築いていることが明らかになる。つまり、同じ構図を繰り返すことはできない。

エンドゲーム以降のMCUにおいて、複数の仮想社会が成立し、さらに複数の宇宙が描かれるのはそれが理由なのかもしれない。1対多数、1対多様の構図は、一つの社会、世界を前提とする。だから、次はあらゆる社会、国家、あらゆる宇宙の協働が勝つための論理となるように考えられる。そして、その一つとしてキャシーの理念を持った社会があるということになるんだろう。

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