ウェス・アンダーソン監督による2021年作『フレンチ・ディスパッチ』、そのモチーフとなっているだろうシュテファン・ツヴァイク『人類の星の時間』について。
瞬間を捉えるメディアとしての映画雑誌
大枠は『グランド・ブダペスト・ホテル』と同様に、多様で理想郷的なコミュニティが失われてしまう話。各話はバックグラウンドや価値観の違う人々が出来事を通して瞬間的に繋がるという点で共通していて、それを過去の経験として各ライターが語る形になっている。そして3話目のラストでシェフが最後に言う、自分達が探してる失われてしまった何かはその繋がった瞬間、もしくは繋がろうとすること自体なんだろうと思う。
その瞬間は雑誌の紙面や表紙、過去作られた映画にスナップショットとして収められていて、さらにいえばそれらのメディアが大衆性の高いものだからこそ、歴史とは真逆の形でそれらの瞬間が捉えられている。ただどちらもアーカイブ性が低く、大衆性の高いメディアだからこそ時間が経てば忘れ去られていく。だからこそ、この映画は雑誌という形式で、ヌーヴェルヴァーグだったりノワールだったり、過去の映画のパッチワークのような形で作られている。
ウェス・アンダーソンによる『人類の星の時間』
『グランド・ブダペスト・ホテル』がベースとしているのはシュテファン・ツヴァイク『昨日の世界』らしいが、その刹那的な瞬間のモチーフは同じ作家による『人類の星の時間』とも響き合う。同じオムニバス形式であることを考えると、この映画はこの監督にとっての『人類の星の時間』なんだろうと思う。
シュテファン・ツヴァイクは『昨日の世界』で第一次世界大戦が勃発することで『人類の星の時間』のような世界が過去のものになったことを描いている。ウェスアンダーソンが価値観の違う人々同士の和解や繋がりを描いてきた監督で、『グランド・ブダペスト・ホテル』が『昨日の世界』と同様にそれが今はもう不可能で過去のものになったことを描いた映画だとしたら、この映画はもう一度過去の瞬間からそれを取り戻そうとする映画、昨日となってしまった世界を取り戻そうとする映画のように感じる。
感想 / レビュー / その他
評価微妙だったから後回しにしてたけど、個人的にはそれ後悔するくらい好きな映画だった。
その人にしか見えない美しい瞬間みたいなものが何個もあり、それがノスタルジックで希望的でもあるようなこの映画のトーンと合わさっていることに非常に感動した。
各話で主観が別人に変わるからその度慣れないといけない割にどの話も初っ端から文字量が多いし早いしで、さらにその中で前に出たセリフや設定をフリにした展開が連鎖していくので、かなり頭を使う映画にはなってるとは思った。雑誌をパラパラめくってる感覚って事前に調べた時にどっかで読んだけど、理解してないと置いていかれたり面白みがなくなる構成になってるのでそれとは真逆だと感じた。
あと、この人の人物演出はサイレント映画由来なんだと思った。